2011年11月15日

凛の国(13)

ここまでの話しで、



一般的な日本人の歴史認識である



「大東亜戦争は侵略戦争だ!」



との解釈が、



いかにアメリカによって都合よく作り変えられたものかということが



わかってきたのではないでしょうか?



もちろん、



満州では一部の軍人が思い上がって進軍し、



侵略的行為があったこと認め、



反省する必要はあるでしょう。



しかし、中国との戦争にしても、



スターリンの意図により中国に仕組まれたものですし、



大東亜戦争についても、



アメリカの中心とした包囲網により経済封鎖され、



国の存亡のために戦った「自存自衛の戦争」です。



その証拠に、戦後アメリカ自身がその点を認めています。



占領軍の総司令官のダグラス・マッカーサー元帥は、



任務を終えアメリカに帰国した後、重要な発言をしています。



アメリカ上院の軍事外交委員会の聴聞会で、



「なぜ、日本は戦争をしたと思うか?」



と問われ、聖書に誓って答えました。



「日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何もないのです。



綿がない、羊毛がない、石油もない、錫もない、



そのほか多くの原材料が欠如している。



そして、それら一切のものがアジアの海域には存在していた。



もし、これら原料の供給を断ち切られたら、



1000万人から2000万人の失業者発生するだろうと



日本政府は恐れていた。



したがって、日本が戦争に飛び込んでいった動機は、



大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。」



戦争中のアメリカの最高指揮官であり、



戦後の占領政策の最高責任者であるマッカーサーが、



公式の場で、



「日本は国を存続させるための必要性から戦争を始めた。」



とはっきり証言していたのです。



ところが、



このマッカーサーの証言を日本政府もマスコミも学者も、



全く取り上げようとはしません。



それどころか、



中国や韓国から



「あの戦争は侵略戦争だった!」



と主張されるとそれを認め、



われわれの税金から莫大な賠償金を払ってきました。



なぜ、そんな国益に反することをする日本人がいるのか?



ちょっと信じられませんよね?



この話しを始めると、



これまた、恐ろしく時間がかかりますのでここでは深く触れませんが、



簡単にいうと、



『国を売って、私服を肥やしている人間が多い』



ということです。



ですから、



かつての立派な日本人を知っているアジアの人々は、



現在の日本人にとても失望するのです。



さて、話しを戻しますが、



もう一つ重要なことをお話ししますが、



大東亜戦争というのは、



もちろんの日本の存続を懸けた戦いでもありましたが、



それとは別に、大きな使命と目的を持っていたのです。



つづく









































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2011年11月14日

凛の国(12)

支那事変から大東亜戦争開戦に至るまでの流れを見ると、



アメリカが巧妙に日本を追い込み、



日本から攻撃させるように仕向けたことがよく分かります。



なぜ、アメリカはこのような面倒な方法をとったかというと、



当時、アメリカは孤立主義といって、



他の国の戦争にはかかわらないとの考えが主流で、



世論も参戦に反対でした。



当時大統領のルーズベルトも、



「アメリカの若者を戦場に送らない!」



と約束して大統領に当選したくらいです。



しかし、1939年に始まった第二次世界大戦では、



ヒットラー率いるナチス・ドイツが連戦連勝で、



イギリス・フランスなどの連合軍は押されっぱなしでした。



ついにはドーバー海峡までドイツ軍が侵略してきて、



ロンドンまで砲弾が飛んでくるようになりました。



さすがに焦った当時のチャーチル首相は、



アメリカに参戦を強く要請します。



アメリカも戦争後の利権を考え参戦したいと思ってました。



しかし、アメリカ国民は許してくれません。



そこで、支那事変に突入した日本が利用されるわけです。



日本を追い込み日本から攻撃をさせれば、



反戦の世論も変わるだろうと。



だから、アメリカ政府は日本の必死な外交努力に対し、



終始、非常な態度を取り続けました。



日本がしびれを切らして戦争を仕掛けてくることを待つために。



日本はまんまとアメリカの罠にに引っかかったのです。



そして、開戦ののろしとなった真珠湾攻撃も、



実は大変ないわくつきなのです。



一般的には、



真珠湾攻撃は日本軍が行った卑怯な奇襲攻撃で、



それによりアメリカは大きな被害を被った、



といわれてるかと思います。



しかし、実際は、



アメリカは日本の真珠湾攻撃を事前に知っていて、



日本軍が攻撃してくる場所には老朽艦だけを配備し、



新鋭艦や空母は遠くに移動させていたのです。



ですから、



日本軍が真珠湾攻撃により軍艦16隻を撃沈し、



作戦が大成功だと思っていても、



それは単なるアメリカの不要老朽艦の



廃棄処理を手伝ったに過ぎないのです。



この話しは、戦後アメリカの歴史学者が、



様々な資料や、ルーズベルト大統領の家族の証言などを集め出版した



1冊の本に基づいています。



アメリカへの宣戦布告についても、



日本はしっかりルールを守り事前に宣戦布告をする予定でした。



しかし、アメリカの日本大使館へ送った電報が、



現地の職員のミスで開戦までに間に合わなかったのです。



日本から宣戦布告の電報を送った時、



ちょうど、現地職員の送別会が行われており、



書記官は電報に気付くのが遅れてしまします。



電報は暗号で送られ現地で解読し、



それをタイプで打ち直してアメリカ政府に手渡すことになります。



しかし、アメリカ政府に渡せる状態になったときには、



日本の外務省が指示をしていた時間をとっくに過ぎていました。



結果的に、日本の攻撃は奇襲になってしまいました。



しかし、アメリカは事前に日本の電報を傍受し暗号解読も終えていたので、



本当は真珠湾への攻撃は知っていました。



アメリカはこの日本の大使館の大失態に対し、



表面的には激怒しましたが、内心は喜んでいました。



「リメンバー・パールハーバー」



これにより、日本を卑怯な悪者に仕立て上げ、



国民の憎しみをかき立てることができます。



このことにより、アメリカ国民の反戦の世論は一転し、



ルーズベルト大統領は堂々と戦争に突入することができました。



つづく



















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2011年11月13日

凛の国(11)

中国共産党が捕らえた蒋介石を、



殺さずに生かしておいて、



日本と戦わせろと指示してきた人物は、



ソ連のスターリンです。



20世紀の初め、



帝政ロシアが崩壊しソビエト連邦が誕生しました。



ヨーロッパでマルクスによってマルクス主義が唱えられ、



その思想の影響でロシアのレーニンという革命家が



共産党を組織し革命を起こし



帝政ロシアを倒し、社会主義国家ソ連を作りました。



レーニンの後継者がスターリンです。



中国共産党もソ連の影響を受けて誕生しました。



いわば、中国共産党はソ連の共産党の中国支部みたいなものです。



スターリンの狙いはもうわかりますよね?



西欧列国のお家芸、



『敵同士を戦わせて共に弱らせて、そこにつけ込む大作戦』



です。



日露戦争に敗れて以来、



ロシア人の中には、



「いつか日本人に復習してやろう!」



という気持ちがあったのでなおさらでした。



となると、盧溝橋事件の犯人も察しがつくかと思いますが、



中国共産党がやったというのが定説です。



その証拠に、事件が起きた翌朝、



国中の新聞や団体に向けて、



「日本が蜂起した!北京が危ない!戦いの準備を!」



と戦争を煽り立てます。



事件が発生した数時間後にこれをやったわけですから、



あまりにも手回しが良過ぎます。



また、後に作られた中国共産党の教科書にも、



「盧溝橋事件はわれわれがやった。」



と宣伝してあるそうです。



支那事変が始まって、喜んだのはアメリカです。



アメリカはイギリスと手を組んで、



インドシナ半島経由で蒋介石軍に、



武器弾薬や食料を援助しました。



日本と中国の戦争が泥沼化すれば、



中国での利権獲得が簡単になるからです。



ソ連といいアメリカといい相変わらず酷いですよね。



さらに、1940年になると、



アメリカの空軍200人を蒋介石軍に派遣します。



これはとんでもない国際法違反です。



宣戦布告もなしに日本との戦闘に参加してきたのですから。



当時、日本とアメリカは中立条約を結んでいたので、



重大な国際条約違反にもなります。



日本はこの時点では、



アメリカと戦争をしても1年ともたないのをわかっていたので、



できれば事を構えたくはありませんでした。



しかし、アメリカは物資の面でも日本の締め付けを始めます。



アメリカはイギリス、中国、オランダと結託して、



ABCD包囲網を張り、



日本を経済封鎖しようとします。



日本はそれに対抗するために、



ドイツ、イタリアと日独伊三国同盟を結びます。



1941年にはアメリカ・イギリスの中国支援ルートを断ち切るため、



インドシナ半島に出兵しました。



この日本の動きに対し、



アメリカは日本への石油の全面輸出禁止を実施します。



当時の日本は石油の99%を輸入に頼っており、



そのほとんどが、アメリカとオランダ領であるインドネシアからでした。



石油が入手できなければ軍艦も自動車も動きません。



工業もストップしてしまい国が成り立ちません。



こうなると、アメリカと戦うしかなくなります。



まさに、アメリカが描いたシナリオ通りに事が進んでいくのです。



もちろん日本としては外交努力などによって



アメリカとの戦争は避けたかったのです。



しかし、アメリカはハル・ノートで、



中国大陸からの全面撤退、



日独伊三国同盟の即時破棄、



など、一方的な厳しい要求をしてきました。



「どうだ、この要求はのめないだろう?



だったら戦争を仕掛けてこいよ!」



と言わんばかりのアメリカからの最後通牒でした。



ここで、日本の指導者達は悲痛な覚悟で、



アメリカとの戦争を決意します。



当時、天皇陛下の前で行われた会議で、



海軍総司令部の永野総長は、



「戦わなくても国は滅びる。



戦っても国は滅びるなら戦おう。



戦わなくて滅びれば、身も心も民族永遠の亡国だが、



戦って国を護る精神に徹すれば、



たとえ負けてわれわれが滅んでも祖国を護る精神が残り、



子孫がこの国を再建してくれるだろう。」



と発言したそうです。



かくして日本は真珠湾攻撃を皮切りに、



大東亜戦争に突入することになります。



つづく











































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